品貧生活研究所

目標︰2023年3月末、街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

横須賀散歩中(後編)

どうも。

散歩とは言いながら、金を使うだけの話です。

金があれば、何のアポイントメントも要らずに人と会い、言葉を発することができる。

金があれば楽しい。

ただ、

金がなくても楽しい。

そう言える自分で、ありたい。

路は遠い。

【Wake up】

煙草を吸う
美味くはない
だけど吸う
頭が痛いから
煙草を吸う
頭が痛い
そういうものだ

①横須賀市役所

国民年金の軽減・免除の申請に行く。
ものの5分で終わる。
二週間位、この手続きが億劫で、ウジウジと先延ばしにしていた自分。
アホらしい。
二、三ヶ月後に通知が来る。
全額の方であることを望む。

②郵便局

郵便物を送る。
205円のところを、実家よりくすねてきた切手で払う。62円3枚と20円1枚。しめて、計206円分也。普段、路に、落ちている一円玉は進んで拾うくせに、現金の形ではない支払いに関しては途端に、自身の想像の拉致外となる。PASMOなどの電子マネー、商品券、クレジットカード等、現ナマでは無い支払いの際に、僕の財布の紐は緩む。頭の中の財布はゆるゆるである。観念的なお金には止めどがない。現金には限界があるが、観念マネーにはそれが無い。

クレジットカード…

地獄だわさ!

③回転寿司

スシローに入る。番号札を貰う。ペッパー君に何度も番号を呼ばれるが、トイレに行っていたので、5回目のコールで愛想を尽かされる。仕方なく、店員さんに助けを求めた。頼るべきはまだまだ生身の人間である。

スシローには、普段、千葉で、親方と定期的に来る。支払いは親方持ちである。そういうものだ。自分の金(翻って親方から頂く金)で来るのは、久しぶりである。スシローには大きく分けて、ネタが3つ乗って、150円の皿と、ネタが2つ乗って、90円(土日祝は100円)の皿がある。親方と来る時には、前者を多用する。1枚でも皿の数を減らした方が、「僕、たいして食べていませんよ」感が演出できるからだ。しかし、得の観点から言うと、90円の皿の方が一ネタあたりの単価は下がる。なので、横須賀で僕は、90円の皿のみを取る。

会計は668円だった。親方と行くとその3倍は食べる。そういうものだ。

④ネットカフェ

商店街に女子高生の行列を見る。タピオカミルクティーの列であった。横須賀中央の時代に即したビビッドな対応と応答、コール&レスポンスに敬愛の念を抱く。

来店目的は再来週に自宅で行う無料カフェのチラシの印刷である。インターネットから無料のメールサーバーにアクセスしてプリントアウトをかける。驚いたことは、店内のセルフコピー機、なんと、カラープリントが20円であったことだ。普通カラーは50円だろ!との固定観念が僕にはあった。しかも、A3も同じ20円。白黒は10円なので、逆ケチ概念発動で、全てカラーで印刷する。コピー代として270円。無料カフェのチラシが無料ではないことに、少しのジレンマを感じる。何かしらの屁理屈を持ってきて、内部の整合性に折り合いをつけたい。どなたか、カンパをくれると良いのだけれども…

⑤福祉パン

障碍者の作るパンを買う。

僕は、五年間パン屋だった。マクドナルドみたいなパン屋だった。誰にでもできる仕事。ただし、五体満足の身体と、体力が条件である。堅固なマニュアルシステムと、護衛砲弾的なバックアップ体制が労働者の背後に屹立する。問題は社員に耐性が有るかどうかだけである。情緒は多少不安定でも大丈夫。

パン屋は僕の20代後半戦の全てであった。僕はパン屋における全ての面で、付いて行けなかった。何にも付いて行けなかった。足を引きずり、足を引っ張った。自分が、何故、ここに居るのかが、常に分からなかった。朝起きて、煙草を吸い、厨房まで歩き、焼き上がったパンを売り場に運ぶ。

「いらっしゃいませ」なんて、言ってな。

作業のスピードに付いて行けなかった。パートさんやアルバイト学生と話が出来なかった。お金の勘定が出来なかった。シフト作成の理屈が理解できなかった。人に頼るということが出来なかった。

何よりも、感情が無かった。

1年目には理由なく、毎日のように泣いていた。

○三年で潰れた。

潰れてからは、アルバイトに、顔色を常に伺われていた。皆、僕の機嫌を読んでくる。

そして今、僕はアルバイトとしてご機嫌を読む側に廻っている。お伺いを立てる側には、まだまだ馴れていないけれど、いつか、誰の顔色も読まずに、読まれずに、のびのびと働いている自分を見てみたい。

〜〜〜

パン屋辞める時、またつい最近も、転職先として真っ先に頭に浮かんだのは、パン屋だった。それは、障碍者と一緒に作るパン屋だった。インターネットで何度も何度も求人を調べた。得られる賃金の計算も何度も繰り返した。その額は大抵が最低賃金ライン上にある。

憶測の話である。

僕は、僕自身の「ケア」の可能性を、障碍者と働くことに、残念であるが、経験的に慣れたパンの製造に見ていた。身勝手な理想と期待を込めていた。結果的に結局違う選択になった。

〜〜〜

中央駅駅の、エスカレーター横。簡易テーブルに並べられたクッキーと蒸しパンを、260円分買う。店員さんは3人居て、僕を含めるとその場は4人で、誰が健常で、誰が障碍を有していて、そんなこと分かりたくないと思う自分。その中にこそ、1番の障碍があるのではないかと、意識の境が分からなくなる。

僕は世間にも、障碍にも、分類されない、狭間を揺蕩うコウモリである。さて、頭をグレーに染めようかしら?

⑥カフェ

かつて(と言っても一年前位)僕は3つのカフェを手持ちにして、YOKOSUKA my cafe lifeをエンジョイしていた。主に、無職期間中。しかし、一年経ち、その2つは消え、または去った。そういうものだ。そして、新たな駒を補填した。それがココである。

ココは、食べ物の持ち込みが可能なので、先程買ったクッキーとパンを、コーヒーを注文して一緒に食べる。

ネットカフェでプリントアウトしたチラシをハサミで裁断し形を整える。「ジョキジョキ」やっていると、お隣のお客様が声を掛けて下さる。その流れに上手く乗り、お陰で店にチラシを置かせていただけることになった。有り難し、横須賀マダムたち。
 
コーヒーは550円だった。

⑦古い本屋

上町の古い本屋を覗く。店主と上町マダムの話を耳で聴きながら、本棚を眺める。

「若い者が見るような本はうちには無いよ」

一年前に店主に言われた言葉を未だに僕は忘れてはいない。雑然と置かれた本たちと、駄力で続く本屋。そう。僕はそういう本屋を軽蔑している。そういうのは伝わるのだ。

穿って考えると、それは店主が一番に分かっているて、色んなエクスキューズが、無意識に悪意なく口にされただけではないかと、これは、自分の傷付きを自ら補整する身勝手な受け取り方ではあるのだが。やっぱり、傷つくのだ、僕も。

ただ、思うことは、整然と並べられる本だけが、正解ではないということである。街中の本屋が直線だらけだったら、それはそれでつまらない。適当さや惰性にも役割は宿る。だから、店を覗き、何も買わずに出てゆく。軽蔑と共に宿る、それに反する気持ちもある。本屋はどんな形でもそこに在ることに意義がある。そう、言い聞かす。

⑧古道具屋

建物、内装は老朽を極め、掃除は幾分物足りないが、しかし、整然さのある店内にはところ狭しと古い道具が置いてある。ゾウさんのカワイイガラス瓶と、アルミ銀の灰皿を買う。爺さんが丁寧に包んでくれた。800円。

⑨銭湯

上町の銭湯に行く。前から来たかった場所である。当たりであった。とても良い。瓶のファンタグレープ130円で、煙草を吸う。先程買った灰皿を使おうと、梱包された新聞紙を剥ぐと、見覚えの無い硝子の小瓶である。あのジジイ、耄碌してやがると、思った刹那、灰皿はキチンと袋に入っていた。サービス?なのか。んん、あんましいらんけど。銭湯代は令和癌年現在神奈川県は大人470円也。年々上がる。

⑩カフェ通過×3・カフェ閉店・カフェ開店

馴染みのカフェを通り過ぎ、目的のカフェは閉まってて、愛着のあるカフェも素通りで、最近閉まったカフェを惜しみつつ、最近できたカフェに入る。

初めて入ったカフェで、ビールを呑む。

(完全に前夜に読んだ村上春樹の影響)

イチローズモルトの高級なのを呑む。

f:id:fuchiwakitsutomu:20190710212742j:plain

マスターよりビールをご馳走になる。

良いカフェであった。2,350円。居合わせた近所のおじさんに聞く。「わっしょい」は、「和」を「一緒に」らしい。どうりで、わい、祭りに惹かれるのだ。

11:古本屋カフェ

完全に酔っ払ったので、行きつけの古本屋で4,800円の本を買う。酔狂の集まる良い店である。無料カフェのチラシを掲示して頂く。

12:町内会館

定例会。酔っぱらって苦しかったが、何とか3分の発表を終える。3分間全力で冗談を言うも、聴衆のレスポンスは鈍い。推測平均年齢74歳なので、許す。来月町内会で行われるのど自慢大会のエントリーをする。参加費300円を払う。役(スポーツ推進委員)の発表の最後に無料カフェの宣伝を、迷いつつもさり気なく且つ大胆に行う。懇意のおじ様が、梅酒を提供してくれるとの有り難いお言葉を頂戴する。何事もやってみるもんだなと思う。とりあえず飲み物が確保できて嬉しい。

13:JR横須賀駅

終電で千葉へ向かうも、船橋駅の人身事故により引き返す。Twitterによると、木っ端微塵だそうだ。

そういうものだ。

家に戻り始発を待つために階段を200段登る。

苦しい。

そういうものだ。

村上春樹の小説には毒がある。

何でもかんでも、

そういうものだ。

で、済ませてしまう自分になる。

別にハルキチのせいではなく僕のせいなんだけど。

その日、谷戸には冷たい風が吹いていた。

でも、僕は全然平気であった。