品貧生活研究所

目標︰2023年3月末、街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

【感想】哲学カフェ横須賀始まりの日 2019年6月29日(土)『ロクに喰えない仕事に捧ぐ』

{ケア。それは日常とか生活に密着した援助のあり方だ。セラピーが非日常的な時空間をしつらえて、心の深層に取り組むものだとするならば、ケアは日常のなかでさまざまな困りごとに対処していく。深層を掘り下げるというよりは、表層を整えるといってもいいかもしれない。}『居るのはつらいよ』東畑開人:p21より引用

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どうも。

哲学カフェ始めました。

冷やし中華みたいに。

気楽に。

殆ど緊張無く。

緊張の無い行動をこれからも続けたいです。

それは私のケアであり、誰かのケアでもある。

ただ、懸念は有る。

哲学の持つセラピーの要素が、ケアの場に於いて、大勢を締めようと動き出すことである。

それは制御不能であり、何よりも、誰のって言うか…、僕の中の疼(うず)きとの対峙である。

光は刺す

闇も這い出る

「しつらえて」やる、という傲慢と偏見

自意識とその溶解(と妖怪)

ニンゲンとは何か?

答えなき問いへの応答が要請される。

肝心は問いや答えではない。

応答する「営み」それであると、僕は、思いました。都合の良い、要請ではあるけども。

【写真とひとこと】
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雨は止みました
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煙草吸えます
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ちょっと、ワードにバイアスが…

【何が、そこで起こったのか?】

事象のありのままの再現に何の価値があるのか?という、演劇やフリージャズを好む、天の邪鬼な問いと好みを持つ僕は、一回性への信仰が強い。なので、今回の哲学カフェでの発話された「内容」にはハナカラ、関心が無かった。メモは途中まで取ってたけど、今・ここ・現前の他者と向き合いたいという自分の心の声に従い、メモは床に投げ棄てた。僕の誠実さとは、無手で、人に事象に、対峙し、ガン飛ばすことだ。

僕はブログ記事を書くためだけに、実績という承認を積むためだけに、哲学カフェをやりたいと思った訳ではない。それはもちろんあるけどさ。それだけじゃない。

ニンゲンはバイブレーションやねん!

それな。

【主観的な事柄と羅列】

〈参加者〉

・男性…偽善者
・男性…友
・男性…歩く人
・女性…ツワモノ

〈3分間スピーチ課題:私にとって仕事とは?〉

話者の経験に基づく仕事感が口にされる。人は経験(過去)を語り、今から経験したいこと(未来)を語る。そのどちらもが、熱量の過多にかかわらず、美しい。口ぶりや、言いよどみ、言葉と言葉の間(ま)を、作為的に与えられた3分という時間の中で僕は愉しむ。

〈場の力〉

進行台本:自己紹介→3分間スピーチ→なりゆき

場のなりゆきに身を任せてみたかった。今回はうまく転がった。タイミング、天気、珈琲、マフィン。そのどれもが運良く、作用した。場の滾(たぎ)りを感じる。参加者の方々のポテンシャル、ゆーか、人間力のお陰である。存分に楽しませて貰いました。

〈個人的ハイライト〉

会の中盤、話の流れで、3分間の「ぼーっとする時間」を設けた。マインドフルネス。瞑想の時。これが凄く良かったので、次もやりたい。

〈募集方法の改善点〉

アナログなことに、福祉性に、こだわり過ぎたことが裏に出ました。少しかっこつけて、ドタキャン無連絡をOKにしてたら、思いの外、いらっしゃらない方が多くて。定員締切後も、参加したい旨を、複数ご連絡頂いていたため、少し申し訳ない気持ちになりました。連絡先、告知・申込み方法等、結果的に僕の怠慢からくるものだったので、次回以降は改善します。

また、来月。
次は読書会です。

ご参加お待ちしております。