品貧生活研究所

目標︰アルバイト卒業【1L2CK.YOKOSUKA】(イベント・レンタルスペース)/毎月第三土曜日【贈与喫茶Mr.エレファント】(無料カフェ)/毎月最終土曜日【哲学カフェ横須賀】/【なんでもやっとうと?】(便利屋)⇒「あなたの小銭が必要です」

子ではなくて、母になる

センシティブな事柄なのだろうが、この世の中に、センシティブではない事柄などないのではなかろうかと信じるがゆえに非常にフラットに、思う。

【愛されることよりも、愛することに持っているエネルギーを注力したほうが生き延ばせそうだ。真剣(マジ)で。】

小学生の頃、KinKi Kidsが好きだった。

僕にとってジャニーズはKinKi Kidsである。

歌詞には頷けなかったけれども。

「愛されよりも愛したい」って…

本気で?

【ピッチャーかキャッチャーか君に選択肢はないと受け入れることである】

小学生の頃、キャッチャーだった。

少年野球チームで、僕は転校生で、そのポジションが空いていたから、僕はキャッチャーだった。

(僕は、本当は、ピッチャーをやってみたかった)

引っ越して、再び生家に戻り、僕は転校生だ。

次は外野のポジションが空いていたから、外野に居た。あれから、ずっと外野を守っている。

与えられた役割を演る以外に、「演り方」を僕は知らない。ポジションは誰か決めるのだろう。

【母を演じることに精一杯の女の不幸を誰が望むのであろうか?もちろん、(少なくとも僕は)幸せを望む。しかし、僕はコイツが嫌いである】

オンナも大変なのだ。
オンナの母親、父親のことを僕は知っているから。
大変に厳しい側面を有しているから。
オンナが「オカシク」なることも、これはもうしょうがない。無責任だとは思わない。煎じ詰めるとオンナに責任はないのだから。つまり、僕にも責任はない。

しかし、本来自分の責任ではない事柄を受け入れることこそ、「大人」なのである。

つまり、オンナは母役を演じる「こども」だったのだ。非常に努力していた。しかし、オンナには能力が無かった。だから少しくらい狂うことも致し方ない。

オンナはピッチャーだった。

ノーコンピッチャーだった。

全然当たらない。

皿を投げる。

床で割れる。

グラスを投げる。

床で割れる。

真剣(マジ)には、当てる勇気が無いのだ。

だから、自分では手を汚さずに、オンナの友だち(あの女たちは何だったんだ?自分のいらだちを、人助けの支援のつもりで、解消したかっただけの、ゴミ屑だ)に、「男の子」を殴らせる。

直接自分の手を汚さないことは、優しさとは言わない。横でそれを見ていることは、たとえ、涙をながしていても、そんなものは言い訳に過ぎない。そんな不誠実な、ひととの接し方を、《自分の魂》に対して恥ないのだろうか。

結局、オンナも、その女たちも、《自分の生》を受け入れられていない、こどもなのだ。

投げるばかり、こちらの球は受け取らない。受け取る能力がない。気持ちはあっただろう。しかし、物事は結果である。

オンナは自分を差し出していない。
オンナは自分の手を汚すべきであったのだ。
オンナのためにも、男の子のためにも。

結果、オンナは己の魂を恥じたのだろう。
ここではない、何処かにちゃんと、自分を差し出した。その、誠実さと、己の弱さを認める勇気に免じて、男の子はオンナを許すであろう。

【俺はあなたを軽蔑する。俺はあなたが嫌いだ。だが、愛している】

オンナの弱さや不器用さ、生きづらさ、葛藤、苦悩、低能さ、あの叫び声…。

良くわかる。

手に取るように。

僕もそうだから。

愛らしいさ。

でも、嫌いだね。

そんな弱さ。

うむ。

自分自身を差し出した、こどものままに差し出した(神か。母概念か)、「こどものオンナ」に「愛してもらう」ことを期待するのは無理なのだ。

それの試し行為を、演ったあと、悲しかったが、諦めがついた。

【母になること、キャッチャーになること、また、同時に子どもであることを、おっぱいを欲しがることを諦めないこと、許可すること】

ピッチャーばかりで、イライラする。

しかも、ノーコンばかりで。

だから、優秀なキャッチャーを目指そう。

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手近におっぱいがないから、今日も煙草を吸う。