品貧生活研究所

目標︰街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

言い訳と屁理屈の男

どうも。

健康ですか?

本当のことは辛いな〜と思ってですね、書いて忘れるしかないので、僕は「かく」んです。

自分の健康のために。

【本格しどう】  

興味を示して心から質問すると、屁理屈になり、一生懸命に誠実に説明すると言い訳になる。

黙して、男は行動あるのみである。らしい。

でも、あたいは、女々しいから、ぎゃあぎゃあと喚き散らしながら、行動もして生きたい。

【よくある結論】

百聞は一見にしかず…
このつづきはダラダラあるのだが、
最終的にみんなの幸せに落ち着く。

よく生きたい。そのためには、努力(演って、演って、演りまくる)以外に方法はないようで、自分なりに演るしかないらしい。

演ってるうちに、「ほんと」になるらしいよ。

あと、

「ほんと」にならなくたって、それでいいってよ。

【辛いのはみんな一緒なのだが、個々人の辛さはやはりそのひとだけのものである。それが辛い】

辛いときは、詩的にそれを、美しく甘美に表現したいロマン主義志望者なのだが、うまくできないので、そのまんまですが、辛い。

「努力をしない」を三十何年間も必死に演ってきたので、「努力をしない」を辞めることが辛い。

努力の塊であった兄と同じ歩みを今更反復することが、今まで散々怨んできた「兄的なもの」に承服するようで、辛い。

ありのままで、ただそこに居るだけで、生きているだけで人間は価値があると、もう、僕は思わなくなってきていて、今までの僕を、「今までの僕的な」人びとを見捨てるようで、置き去りにすることが、辛い。

【ひとの緊張】

近頃の僕は、「今までの僕的な」ひとを、町や道や店やインターネットで、良く見つけるようになった。僕は以前よりも、他人の「緊張」に少しづつだが、気づくようになってきているような気がして…。そして、そういう緊張している人間に苛立ちを覚え、やっぱり、僕は結局ひとを見下しているような気に、なる。

【ことばを引き取る】

メンヘラ
鬱病
発達障害
アダルトチルドレン
ヒステリー家族

そういうことばに、自分の頑張らない理由を押し付けて、ありもしないありのままの自分を誰かに受け取らせようとしてきた。都合の良い物語に、妄想に逃げていた。

ピッチャーを演りたがるわたし。

〜〜〜(スローカーブ)

「これは努力だ」と自分で分かっていて、これからの僕はきっと、努力を「演る」のである。

何か僕のためを思って色々と言ってくれる方が居る。その努力論を、「はい!人間、努力しかないっす」と、気づいているフリを「演って」、神妙なツラで、聴いて「演って」いたのだが、ミイラとりがミイラになるようで、「努力しかないのよ論」が徐々に自分の内に浸透し、「努力してみたいかも」と、思い始めていて、辛くて泣きそうである。そのひとたちのせいにしているのではなくて、「おかげ」でだと思う。嬉しくて泣きそうである。誰も、誰かの人生を変わりに生きられないのであるならば、この辛さは、この辛さこそ(喜びもくっついている)、僕の求めていた、僕だけのものなのだ。

ネジ曲がってんな〜

古い釘を抜いて

新しい釘を打ち直す

フランケンみたいにさ  

・・・

頑張りましょう。

僕も頑張ります。