品貧生活研究所

目標︰街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

桐山襲を読む 文学が掬い上げるもの ナラティブ統制の試み

どうも。

読んでますか?

応えはいりまへん。

知ってますから。

【文学おじさんの実態】

文学好きのつもりなのだが、こう言う言い方こそ、「おじさんかよ!」とツッコまれるかもしれないですが、ここのところめっきり小説が読めなくなった。特に30超えてからは。

本は読むのだが、だいたい一般書である。ビジネス本とエッセイの中間的な本が多い。ざっくりと、読みものぼん、みたいな。文字はおはなしことばが多く、書き言葉は少ない。あんまし、頭を使わなくて良い本(というと、語弊も含むが)を読んでいる。

【線引き】

小説家に憧れて、文学修行と称して他者の小説を読んでいた若い頃。小説読むのに、3色ボールペンなんか握って、ほんと、バカみたい。ほんなんて、楽しく読めば良いのに。線なんて引いたら、ブックオフで売れないじゃないさ。今はもっぱら付箋派です。

【学生と社会人】

「文学好き」と言いながら、振り返ると、熱心に読んでいたのは極数年間のことで、要は二十代前半の学生のころである。社会人になってからは、小説はおろか、「本なんぞ読むやつはアホウや」と思っていた。だから、二十代後半は殆ど本を手にしていない。働いて・飯喰って・自分磨きして寝る。本なんぞ入り込むカンカ(閑暇)はありゃせんかった。

【コインランドリーという居場所】

野蛮に働いていた頃、貴重な休日は寝ているか持ち帰りの仕事かスマホをやっていた。洗濯は会社の寮ですますが、干すのが面倒でいつもきんじょにあるコインランドリーで乾燥させていた。YouTubeで十代の頃に聴いていたロック歌手のお宝映像を眺めながら、ぐるぐるが止まるのを待っていた。

そもそもコインランドリーって使います?

てか、20分にするか30分にするか、200円入れるか300円入れるか(はたまた8分100円の機種の場合の4枚目の投入の是非)…。

50項目位、コインランドリーについては言いたいことがありので、長くなるので、止めときます。

要する、コインランドリー大好き。

《広告》上記の100円問題に関し、僕と同じ金銭感覚をお持ちの三十代前半・職業女優・福岡出身の独身女性の皆さま、是非友だちから始めませんか?

【大学で本を読む】

29歳でパン屋であるのとを止め、5年分の有給休暇を置き去りにして、次の日から大学の売店で働き始めた。

大学とは何をする場所か?

仕事?
勉強?
部活?
恋愛?
就活?

ノンノン

僕にとって大学とは「読書」であった。

5年分ぶりに大学に戻ってきたあの頃と、それからしばらく(2年も居れずにクビになって演ってやったが)の時は、今思うと至福の時代であった。もちろん、それだけではないけれど。

ほんと。
 
【赤字の閑暇生活】

パン屋の頃と比べて、圧倒的に時間が増えた。その分圧倒的に貯金が減った。毎月5万円の赤字生活だった。5年ぶりの暇に、僕は何を対処していたのか?

飯は朝昼夜学食で済ませ(休みの日も)。
Yシャツはクリーニングに出し。
家は徒歩5分にマンションを借りていた。

【年間家計簿】

時間はある
金もある(パン屋時代貯金200万)
免許はない

→とりあえず免許を取った

時間はある
金もある(パン屋時代貯金170万円)
女はいない

→とりあえず恵比寿横丁に行った

時間はある
金もある(パン屋時代貯金120万円)
生きづらい

→とりあえず本を買った

【ある閑暇ないちにち】

11:00起床
11:15出社
11:20学食
11:45出勤
14:30学食
15:30仕事
20:00退勤
20:01学食
20:20帰宅
20:35本屋
21:00ファミレス
24:00バー
0:50帰宅
1:00ラジオ
3:00風呂
4:30就寝

【不毛な議論】

仕事して、飯喰って、学校でクソして、本屋行って、ファミレスで本読んで、酒飲んで、ラジオ聴いて、自分磨きして、寝る。

毎月5万円づつ貯金額は減り、その分部屋に本が増えた。狭い1DKのマンションには、押入れから入れる謎の地下空間があった。

当時の行き場のない、安樂で、怠惰で、不経済で、自傷的な日々を思うと、いつも僕はあの地下を思い出す。

(当時、あの部屋に来てくれた、あの娘たちの声はまだあの地下に残っているような、そんな気がして、少しだけ、悲しい)
↑「演り」の一文

くせえくせえ豚のケツ

⚠豚は清潔です

【若さま】

当時、深夜ラジオを聴いていて、しかもいつも生放送で聴いていて(遅番シフトが多かったので)、特にオードリーのオールナイトニッポンが好きだった。若林さんから、聞いた小説家、中村文則にハマったのは2017年の1月前後だと思う。ファミレスでスープを本にこぼした記憶がある。

【中村文則】

文字通りにハマり、まるまる二ヶ月ほど、ほぼ毎日仕事終わりに本屋で彼の文庫を買い、ファミレスで読んでいた。出ている本を全部読み終わった頃、中村さんを見に行った。都会の利点は作家に簡単に会いに行けることである。間違いない。

下記の動画はその時のもので、若き頃の仕事帰りの著者(わたし)が最前列を陣取り、カメラにしばしば抜かれている。

「人生に、文学を。」オープン講座
2017年5月20日 in上智大学

https://www.jinsei-bungaku.jp/sp/event3.html

【小説がすくいあげるもの】

物語(ナラティブ)は、バラバラになった僕をひとつにまとめてくれる、「すくい」のように、感じられた。その過程こそ、作者の表現である。あらゆる表現は、例えばをあげる必要のないほどに「人間」
が「演る」ことなのだ。

しかし、なかなか旨くは「演れない」。

僕にできることは、
他人のあけた穴に落ちることだけだ。

【無職の穴】

計画的に生活を破綻させ、横須賀に行き(いずれここに来ることは、あらかじめ、決められたさだめだったのさ)、無職になる。その時、再度再び、ハマった小説家が、桐山襲である。

【結論】

でね、ずっと絶版本だった彼の本がですね、プレミアついてて、よう全部は買えんでいたんですけれども、再刊されるーって、されてるよーって、amazonが教えてくれて、それが嬉しくて、書きたいなって。

ひさしぶりに、小説の穴に落ちる予感!

f:id:fuchiwakitsutomu:20190612052722p:plain