品貧生活研究所

目標︰街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

子どもたちの眼・そして・下のクマ🐻

祭りで、たくさんの子どもに遊んで貰って、めちゃめちゃ楽しかった。町内の子どもたちに感謝する。

一方で、気づいたことがある。

町内会(及び青年会)の子どもたちは、複数の大人の眼に守られている。ゆえに、彼女・彼らの眼は澄んでいる。

(そもそもの前提として、町内会に参加できる家族は、凄く健康的なのだ。経験的に、僕の子どもの頃と比べてだが)

比べてしまうのが、単眼的な眼に監視されている、子どもの眼である。

(´(ェ)`)

僕、ここ数年、加齢のため、眼の下のクマがとれない。

いやだわー

ヒアルロン酸打ちたいわ〜

(・(ェ)・)

煙草も酒もやめたいわ〜

(* ̄(エ) ̄*)

夜店のたこ焼きを買う列に並ぶ

男と女がたこを焼き、金を受け取る、夜11時。
彼らの後ろには、子どもが座っている。
働くわけではなく、そこにいる。

そこに、「いなくてはならない」

それが子どもの仕事なのだ。
その椅子に大人しく座っていないと、
生きられないから。

酔っ払った僕は、そんな、子どもの立場も分からずに、その子に笑いかける。町内の子どもたちは、僕が笑いかけると、笑い返してくれる。

軽率な、迂闊な、判断だった。

その子は、けっして、笑わなかった。

安易なおとなを睨み返す。

そうさせたのは僕で、その眼に軽蔑が映る。

怯えと眠気と不安が、その子の瞳の中に見える。そして、眼の下のクマが、何かのしるしとして、色濃く刻印されている。

何故そう感じるかは、難しくない。

その子は僕であるからだ。

まだまだ。

なんだ。

そうさ。

僕は大人の眼を持ちたいのだ。

あまねくあちらこちらへ。

あの子もこの子もdocomo回線のように。

つながっている。

「僕」は世界に散らばっている。

そんなに、難しい話ではない。

どうすかね?

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著者近影(㊧)
何故笑うのか?
己の「素」を隠すためである。