品貧生活研究所

目標︰街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

190526

『NOの練習』

「NO」が言える男に憧れて、「NO」が言える男に近づき過ぎ、「NO」が言えないままでいる男は、スマートフォンを井戸の中に落とすことで、「イエス」とも「NO」とも言えない状況に自らを落とし込む。そのビクついた様子を井戸の中のカエルくんは見ている。怯えた子どもの顔を下から見上げている。憐れなる男だこと。僕のように井戸に入る覚悟があればよかろうにと、同情とも憐憫ともとれる、冷静沈着かつ侮蔑的な両目を男に向ける。男はその目線に気がつくが、自身の涙で視界が曇り、はっきりとは見えない。だが、良くは見られていないことだけは伝わってくる。カエルに何が分かるってんだと、男もまたカエルを見下す。カエルくんには瞬きが無い。涙が流れ落ちるのを防ぐために、厚いゴーグルをかけているからだ。カエルくんは泣けないのだ。ぐえぐえと異性を求めるために、鳴きはするが、涙を流す機能がそもそも備わっていないのだ。男がカエルくんを見下すことはフェアではない。カエルくんもまた、男を侮蔑べきではない。そもそも住んでいる世界の違う住人なのだから。井戸の内と外に優劣性は介在しない。世界が違うだけのことだから。でも、男は井戸を必要としていて、カエルくんもまた男の開く蓋のおかげで、太陽が見れる。カエルくんは太陽が好きで、太陽のお陰で体を緑色に焼ける。お互いに住む世界が違えども、繋がる道のあることは、知っている。ふたりがわかり合う術はある。男が井戸に飛び込むか、カエルくんが井戸をよじ登るかだ。どちらもお互いの世界は未知である。お互いに、俺と仲良くなりたいなら、お前がこちらへ来いよと、思っている。井戸の外は広いと男は考える。井戸の内は深いとカエルくんは考える。男は「NOの練習中」のため、井戸には飛び込めない。カエルくんは「NO」の言えるカエルだから、井戸をよじ登らない。ある日、男はいつものように、紐に縛り付けたスマートフォンを井戸から手繰り上げる。意図せずカエルくんはスマートフォンのストラップの穴に足をとられ、抜けない。男が紐を手繰り上げ終わり、スマートフォンを手に持ったとき、カエルくんの柔らかな体に触れる。その弾力に弾かれスマートフォンは宙を舞い、草むらにカエルくんごと落下する。その拍子にカエルくんの足は穴から抜け、転がり受け身をとる。はたして、男は井戸へ真っ逆さま。幸い、井戸は深く、男に傷はない。そして、ようやっと、ふたりは分かり合う。井戸の外は広く、井戸の内は深いと。ここに互いの意思が働いていたかというと、たぶん、働いていない。男はスマートフォンの無い、必要としない井戸の内に安住し、カエルくんは太陽を好きな時に眺める。そして、

地球爆発。