品貧生活研究所

目標︰アルバイト卒業/症状︰ASD,ADHD,AC and more.【1L2CK.YOKOSUKA】(イベント・レンタルスペース)/毎月第三土曜日【贈与喫茶Mr.エレファント】(無料カフェ)/毎月最終土曜日【哲学カフェ横須賀】/【なんでもやっとうと?】(便利屋)→「あなたの小銭が必要です」

190503

『メメント・モーリ』

夜、森を見た。でかいでかい木が車のライトに照らされていた。木を見て、森を見ない。全体を見るには、視野が狭い。木を見るには集中力が欠ける。どちらでもないことを、どちらにもつけないことを苦々しく思う。思うが、どちらかにも組みされずとも、だいたいで良いとも思う。だいたいこっち、だいたいあっち。赤でもなく、白でも黒でもない、俺はだいだいだい!と、言い切る。そこは言い切る。他者の行方を追わず、他者を追いたくなる自分に、逃げるな。自分と共にあることに耐えうる力を欲する。ために、「メメント・モリ」。今夜も死に、朝は生まれる(かもしれない)。必ず死ぬ存在であることに対して、信仰心なき宗教を持ってきて、屁理屈、る。つどかじる、解説本の哲学で浅く、揚げ足を取る。そういう、冷笑主義を殺したい。ひとは死ぬ。死ぬことはなんであるかは分からない。分からないゆえに恐怖することの(可能性)を、否定しない。表面でとどまる。むしろ積極的にその仮説を取りに行く。僕が1番嫌いなことばを。「1度きりの人生をめえーいっぱいに楽しもう」。これしか、冷笑主義に立ち向かえることばはない(と仮定する)。死生観の転向のハンドルを握っているのは僕だ。ハンドルを手放すも、握り直すも僕だ。そして、同様に「自分」の不思議を含意しつつも「自分」という一般性を帯びている言語使用もまた、甘受する。俺は俺だと、ことばに甘えさせて貰う(同時にその不思議さも手放さない)。何事にも、折り合いをつける、八割型人間を嗜好する。「死ねのが怖い」。そうだ。すべて、そのからのスタートだ。今日も死ぬ。明日を信じて、一生懸命に死を迎える。森を、木を、漠然と眺める夜に。踏みとどまるためだけのことば。