品貧生活研究所

目標︰2023年3月末、街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

名前をつける

どうも。

あなたの名前はなんですか?

(ひとに名前を聞く前に、てめぇの名前から名乗れってんだ、べらぼうめぇ。おっかさんに教わらなかったか、どてちん)

すみません(母はいつも集会に…、駄目だ駄目だ)、失礼しました、わたくし、
渕脇勤(フチワキツトム)と申します。

「プリーズ・コール・ミー・トム」

【最大暴力行為】

名付け行為には何の必然性も無いのです。
僕が「勤」であるのに、理由と必然性が無いように、あなたが「●●」であることにもまた、それは無い。あるのはただの祈りです。

例えば、しっかりと会社に入って、一生懸命に働く、そんな子ども(おとな)に育ってほしいと思ったら、「勤勉太郎」とでも名付ければ良い。それは、あなたの権利であり、責務である。行使するか、負うかは自由だが。

あるひとには美しい祈りでも、あるひとには汚らしい迷惑にしかならないことがある。善意の押しつけこそ最大の悪である。

【名を名乗れ】

小学生頃名字に悩んだ。
まだ書けないが、悩んだ。

父に聞いた。
「そんな悩み初めて聞いた〜」という顔のまま、そう答えた。言っていることと、顔に書いていることに相違がないのだ。

(こいつは駄目だ。どアホや。ノー天気なおめでたい輩や。地獄に堕ちるな、クソ。だから、母が、あなななるんや)

二つ上の兄に聞いた。
「俺も同じことを考えたことがある」と言った。

(さすがや、やっぱりあの女の、子や。後に京都大学に入るだけのことはある。いけすかねぇ、クソ野郎であることに変わりはないが)

【偶然そうであることを、これは私の責任だ、これを受け入れ、自ら折り合い、必然に変える、それがおとなになるということである】

↑そういうことを平川克美から僕は引き継ぐ(僕の三分の一は平川克美で出来ている。また、平川さんはまだご存命)

【リネーム】

リネームするという、自らを自らで、名付け直すという、手法の効果と存在は否定しないし、ある種、僕も取り入れている。健全だし、社会性があり、建設的だ。

ただ僕は死癖として、それを好みはしない。

道楽として、より強い刺激を求める。

さがを受け入れる。

(産まれたのは福岡だから)

(若しくはお婿さんになりたい)

「わたしはわたしがえらんでママのおなかにやってきたの」+天使のイラストレーション

↑こういう表現にはまだいけない。いけ好かない。何かやだ。きらい。反吐が出る。こういう輩は、ゴー・です。

【カミゴェ】

誰にも「神」的な存在があると思う。振興・信仰の有無に関係なく。それは、師、先生、父、母、アイドル、野球選手、ミュージシャン、先輩、店長、部長、社長、チーズ、アンパン、有機野菜、ホルモン焼き、うまい棒チョコ味、お金、洋服、家、車、もういいや。

はい。

『超えるためにまずは何をする?』

「(自己啓発セミナー感が臭うぞ…)」

『君はどう思う?』

「よく寝る」

『養生が大事だ!そうだ。他には?』

「煙草をやめる」

『そうだ!まぁ、養生に含むかな?他には?』

「ひとにやさしく」

『そうだ!でも、抽象的だな。他には?』

「自分にやさしく」

『そうだ!近づいてきたぞ。他には?』

「(やっぱり、期待されている答えはあるんだな、相手のことを良く考えよう、無い知恵を絞れ)んんと、相手を良く見る」

『グレート、ジャンボ鶴田!!そう、「カミ」から目をそらすな、自分から目をそらすな。射程しろ。相手の腕を掴めるくらいまでに近づけ。そして、36を過ぎたら、決めろ。何処で、お前は生きたいのか、自分がどうなりたいのか』

「(ん?)…、先生、プロレス観る人ですか?」

『はい。飯伏幸太の、新日本プロレス再入団を嬉しく思います』

「そういう、話か〜。まわりくどいな」

〜〜〜

また!