品貧生活研究所

目標︰アルバイト卒業/症状︰ASD,ADHD,AC and more.【1L2CK.YOKOSUKA】(イベント・レンタルスペース)/毎月第三土曜日【贈与喫茶Mr.エレファント】(無料カフェ)/毎月最終土曜日【哲学カフェ横須賀】/【なんでもやっとうと?】(便利屋)→「あなたの小銭が必要です」

新しいおじさん

僕の三分の一は青野春秋で出来ています。

連載再開だそうです。

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【孤独なおじさん】

孤独なおじさんはたくさんいます。僕もそのひとりです。だから安心して下さい。

「アイツよりましだ」

それでいいんです。
生き延ばせるなら。
そう思います。

【基地外のおじさんat横須賀】

横須賀にも東京にもいろんなおじさんがいます。結婚してても、別れていても、していなくても、おじさんは、みな、ひとりです。ひとり、ひとりが「新しいおじさん」です。

【四軒じゃ嫌】

十年前、三軒茶屋に住んでいました。風呂無しでしたが、個別のトイレがありました。四軒一つのアパートで、二階の左に僕は居ました。一階の左には働いていないおじさん。その右には働いているおじさん。二階の右には何をやっているのか分からない、24時間居るおじさんがいました。だから、僕が部屋に居ると、必ずおじさんが隣に居ました。極度の神経過敏の僕は半年もせずに、風呂のあるマンションに引っ越しました。親の金で。

【下北沢】

当時、アパートから茶沢通りを歩み、頻繁に下北沢に行っていました。まだ今みたいに駅が近代化される前の、一回り昔の下北沢です。演劇を観る金はないけれど、店頭の均一本を買う金はありました。スマートフォンの無い時代の、良心的値段が活きていた時代でした。

【地獄のシャワー室】

今でも健在中の、コインシャワーが下北沢駅前にはあります。銭湯の半値で心と身体をリフレッシュできて、たまに使用していました。シャワールームは古びているけど、清潔さは保たれています。今はどうだろう。

下北沢駅から徒歩7分、家賃7万円に住むおじさんに僕は会いに行くのです。普通のアパートです。1K。部屋にはiMacと、おびただしい量の本(自炊は全くしないようでキッチンにまで本が溢れています)。でも、足の踏み場はあるくらいには整っています。

そのおじさんは、当時たぶん今の僕と同じ年齢くらいの(30なかば)、独身でした。会社辞めて1年以上経っていたのに、働いているような様子もなく、彼はいったい何をやって、喰っていけていたのか当時は皆目検討が付きませんでした。今思うと、失業保険か生活保護なのだろうと察しが付きます。

ある日、彼の部屋に居たときに、ふと「シャワーを使わせてもらえないですか?」と聞いてみました。三日ほど、風呂に入っていない、夏だったので、ちょっと身体のベタつきが気になって。彼はいいよと、言ってくれ、お邪魔しますとシャワールームのドアに右手をかけ、左手で電気のスイッチを押した次です。

地獄の光景でした。

それ以来彼の部屋には行っていない。

【紙一重】

あの夏より7年後、彼は映画監督になり、世界中で数々の賞を貰っていました。

まだ彼が映画監督になる前の何者でもなかった、2014年の夏(あの地獄を見た4年後)、地方都市で抑鬱病になり、東京に強制帰還された僕は、彼の元を尋ねました。勿論部屋には入らずに、きんじょの王将で、ワリカンで互いにチャーハンを喰べました。こちらの青白く、アトピーだらけの顔も気にせずに、彼は昔通りに、自分の話しかしません。僕の味わった辛さを話しても、笑うだけで、何も言いません。でもたぶん、それを期待して僕は彼にコンタクトをとったはずですので、それは我が意を得たりです。

「ドキュメンタリーはやめて、アート映画で賞を取るよ。もう、モチーフの当たりはつけてるんだ。後は撮るだけ。傑作を。」

「はいはい。期待してますよ」と、聞き流した言葉には99%の嘘と、1%の何かが含まれていました。

1%の何かにかけているように見える、新しいおじさんの姿に、僕は「こいつよりましだ」との思いと同時に、嫉妬を感じていました。

【結論】

彼は結果を出した。

僕には1%に見えた何かは、彼にとっては真逆の99%だったのだ。翻るに。結果論だが。

彼らはまだ、あの部屋に居るのだろうか。

地獄へ通じる扉にカギは、かかっているのか。

カギはかけないで、僕はここに、居ます。

〜〜〜

そういう「新しいおじさん」の話でした。

また!