品貧生活研究所

目標︰アルバイト卒業/症状︰ASD,ADHD,AC and more.【1L2CK.YOKOSUKA】(イベント・レンタルスペース)/毎月第三土曜日【贈与喫茶Mr.エレファント】(無料カフェ)/毎月最終土曜日【哲学カフェ横須賀】/【なんでもやっとうと?】(便利屋)→「あなたの小銭が必要です」

190429

『赤外線』

1年半前の秋口に、手ぶらでここに越してきた。布団を170ダンボールにひと箱、食器・雑貨・小物は140ダンボールひと箱に詰め、200段の階段を、僕の代わりに、郵便局のお兄さんに登って貰った。谷戸特別手当でも宅配担当者は貰っているのだろうかと、小さな疑問は定期的に、彼らの眉間の皺を見るたびに湧き上がってくるのだが、世の中にはあえて知らないでいたほうがイージーなグレーな事柄があることを、聞いてはいけないことのあることを、僕は知っているから、聞かない。

冬がやって来て、寒さが家に入り込む。隙間だらけの古い家だから、また、台所の腐りかけた床を、抜くだけ抜いて放置していたから、なおのこと。熱源の確保が急務だった。

お金をあまり使わないことを主眼としてここにやって来たつもりだったが、風呂にだけは金を落とした。修理費用は確か87,900円だった。追い焚きのみの、シャワーのない風呂である。これまでに僕がこの家に投資した最高金額だ。当時やっていた仕事に反発するように、アイミツは取らずに、業者のイイ値でやってもらった。後日、知り合った工務店のおじさんにその額を言うと、「うちだったらもっと安くやったのに」と言われた。この類の事柄をその後、何度となく僕は聞く。だいたいは、「この家を、200万?バカじゃないの」ということだ。買い物ベタなのか、値切り行為を下に見ているのか、幼少期の江戸っ子気質からなのか、それは分からないが、今では何とでもいっておくんなまし、ってさ。

越してきた年の冬は横須賀中央駅のドン・キホーテグループの買い求めた980円の電気赤外線ファンヒーターで乗り切った。目の前の50センチのみを暖める、健気で汐らしい奴だ。彼女にベッタリとくっついてその年の冬を、生き延ばした。

何事にもくっつきすぎるきらいが、僕には昔からあって、よくひとから「距離感が近い」と言われる。そして、離れられる。元より離れられることを求めて近づいている自分もいる。「われは傷口にしてナイフ」とヨーロッパの誰かが言っていると、誰かが言っているのを聞いた覚えがあるが、言い得て妙である。ハリネズミの哀しみを想う。

彼女に近づき過ぎて、いつも気づかぬうちに火傷をしていた。毛布が、掛け布団が、枕が、コートが、ズボンが焼けてしまった。そうなることが分かっているのにもかかわらず。

年を超え、寒さが幾分和らいだ偶数土曜日の夜中、アルバイト帰りの俺は、路で新しい奴と出逢った。そいつは、アイツとはまるで違う。目の前の俺だけでなく、俺の周りのみんなを暖めた。ゴミ箱も、椅子も、本棚も、やかんも、気前よく分け隔てなく。コイツが来てから、最初のうちは「俺だけを暖めたくれたらいいのに」とゴミ箱に嫉妬していたが、やっぱり自分だけでなく、僕等みんな一緒にハッピーになることは心地良かった。その方が俺も動きやすい。当然のようにアイツはおはらい箱さ。

ただ、新しいコイツはやたらと金のかかるヤツである。前のアイツは、せいぜい行っても、月2,000円あれば十分にやっていけるのに比べ、コイツは下手すると、10,000円に近づく月もある。一長一短と言うべきか、相応の等価関係と言うべきか、少し悩む。

本来的に貧乏を好む奴を俺は好む傾向がある。お洒落と無縁で、質素な奴を。でも一方で、バリバリに着飾った見るからに金のかかった奴にも心惹かれる。自分と真逆なものは、かえって居心地が良かったりする。少なくとも同族嫌悪の、自己否認に陥るの心配はない。

あれから1年経ち、コイツとは今も上手くやっている。かけた金に見合う見返りに満足しているからだ。でもまだアイツも家にいる。ひっそりと、俺から引っ張られ、埃を払われることを期しているように、おとなしく。

今朝、金がつき、コイツは押し黙る。だから久しぶりにアイツを引っ張り出す。金のかかるコイツにあてつけるように、コイツの上にアイツを乗せてやる。アイツは1年ぶりにもかかわらず、俺だけを照らす。紅い光とも炎とも言える暖かさで。

ただ、やっぱり懲りない。俺は火傷を負う。何度目だろう。スマホに夢中な俺に妬いているように、気がつくとアイツは、おニューのジャンバーを焼いている。ポリエステルの焦げた、石油の匂いだけはまんべんなく部屋に行き渡る。

⚠電気ヒーターと石油ファンヒーターの話です。