品貧生活研究所

目標︰2023年3月末、街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

190427

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『手元日誌』

アンテナの取り外しに付いて行った。事前に、「僕はアホウでバカでのろまですけん、ただ、横で突っ立つことしかできまへんですが、そえでも勘弁してやってくだせぇますか?」と親分にメールして、あらかじめ弁解しておいた。勿論文面は実際と異なる。親分に付いて行ったのは、今回が初めてである。事前のエクスキューズの甲斐あり、今日は怒鳴られなかった。良かった。でも、次は分からない。

「自分は何もできない」という、謙虚さを胸に電車に乗る。「わしはアホウで、バカで、ノロマのビョーキ持ちの、チンカスで、もう親分に見捨てられたら野垂れ死にますけん、あんじょう、堪忍してくんなっせ」。そこまで、言うと完全に相手をコケにすること、馬鹿にしていることになるので、本当はそこまで言いたい気持ちに蓋をして、不安な気持ちで、空を眺める。雨と雨をつなぐ曇りのひととき。

「くもり空 いじめを無くせば 晴れてくる」

小学校六年生の頃、標語コンクールで銅賞か銀賞を貰った、わたくし唯一の受賞作品である。空と自分を重ねるクセは12歳の頃には既に身に付いていたのか。その証左だ。

現場に着く。荘厳な平屋。お客様は、おばあ様。僕はただ、アンテナを外す親分を仰ぎ見る。「何も余計なことはしないように、緊張しながら、でもリラックスして」と自分に向けて囁く。屋根の上の親分には、この声は届かないから、安心して。小一時間の作業中、しっかりと自分なりに親分の作業を見て理解しようと試みた。あのあれはああいう役割があってたぶんきっとそれとつながってるからそれはそのままでいいのだろうから何もしなくて良いな、とかぶつぶつと言いながら。でも最後の最後で余計なことをしてしまった。屋根の上のアンテナは、7箇所、針金を用いて地上にたつ柵と繋がれていた。その1本1本を親分がペンチで切るのを見ているだけで良いのに、おのずと、目の前の針金に手をかけてしまった。ペンチを使わずにでも、僕の握力でも外せそうな甘い結び目だった。「おい」。びくりとして気づく。やってしまったのだ。またいつものように血の気が引き、この場から走り出してしまいたい衝動が沸いてくる。嫌な汗をかく。どうやら僕は、物干し台が倒れないようにと柵に結んであった、針金を外していたらしい。余計なことを。1度目のミスは許される。世の常だ。

作業が終わり、電波受信に影響が出ていないかどうか確認するために、おばあ様のリビングへとお邪魔する。綺麗にセンス良く整った調度品の数々。推定42インチの、問題なく電波をキャッチするTV。親分とおばあ様は、縁故疎開の話題で盛り上がる。先の大戦中、横須賀は地図から消されていた。大切なものはみな、隠される。

親分が、はばかりを借りている刹那、おばあ様は、「少ないけど、お茶でも飲んで」と、僕の掌に千円札を数枚握らせる。こういうシチュエーションでどのように振る舞うのが正しいのか、僕には皆目検討がつかない。余計な、想定外のことはやめてくれよとおばあ様。ただ、いやよいやよと言いながらも、少なくともこのうちの一枚はワイの懐に入るだろうと、恐縮モードの身体とは裏腹な心でその場をやり過ごす。さあ、問題は次だと思いながらも、右手はその金をケツのポケットに捩じ込む。チップは上長に報告せずとも良く、黙って受け取れとの、マスターの教えが想起され、過去のケースと照らされて、この場に適用されている。「違う、違う」。今、この現場は、時間は親分のものなのだ。マスターの時間でも、僕の時間でもない。即座に金を、ポケットから出し、その手のままに、股間の上に両手を配置し、反危害の構えで親分の帰りを待つ。ハチ公。玄関とお座敷とを分ける通し柱の影で、親分に金を見せつつ、僕の想定する「そっと」の音量で報告する。「馬鹿野郎」。あらら。音量は良かったはず。おばあ様の視界も遮っていたはず。問題はお金をポケットから出した、そのことだった。礼節に欠けているとの注意であった。すみません。僕は謝る。おばあ様は、「正直に言ったんだからね」と僕にフォローを入れてくれた。しかし、おばあ様、それは問題ではないの。今この場での問題は、形式美であるのよ、きっと。僕はそのように理解して、次はないぞと、自分に注意を促す。

千円札は3枚だった。工事費用は後日、元請けからおばあ様に請求が行く。だから、この3枚はチップである。2枚親分は僕にくれた。僕は、嬉しかった。一連の流れで、親分から強くは怒鳴られなかったことが、嬉しかった。次の駅へ。

・アンテナ外し別現場
・元請け社長と顔合わせ
・来週の草刈りについて

元請けの社長を待つ間、親分と色んなことを話した。それが嬉しかった。自分のことを親分に話せること。そのことだけで、胸が暖かくなる。

夜、ひとり家でYouTubeを観ていると、「バンバンバン!」と爆発音が、遠くだが、音は近く、家の中まで聞こえる。隙間だらけの家だから尚更に音は染み込んでくる。うるさいなと、一人ごちて、つっかけで、外に出る。谷戸の中腹に建つ我が家からは、かけらしか見えないが、案の定花火だった。横浜か、東京ランドだか知らないが、ゴールデンウィークを祝っているのだろうよ。音源をインターネットで調べる気にもならないが、出処をこの目で確かめざるをえない。「バンバンバン」。おい、いい加減にやめてくれよ。

自分よりも大きなものからお金を貰うことで僕は生きている。資本も、技術も、経験も、僕には無い。何も持たないことを、僕は持っている。それしか、無い。でも、それを口に出すと僕は生けなくなる。口に出してはいけない言葉がある。だから、ちゃんとお風呂に入って、歯を磨き、トイレに行ってから、パジャマで寝ようと意識する。それはなかなか実行できないのだけれど、そういうことしか、今の僕にはできない。そして、明日もまた、親方やマスターや親分から、怒鳴られないことを目標に、余計なことをしない様に神経を尖らせて同時にリラックスして、突っ立ち、言われたことだけやることに集中する。聞かれたことだけに答える。冗談はひとつも入れないで。余計な修飾語を付け加えないで。それが僕の仕事だから。

遠く既に止まったはずだった血を未だに流す、オイディプスを想いながら。しかし、それを見抜かれては生けない。その時が来るまでは。