品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

手元日誌:「悪」の発見

どうも。

できれば、聞き流してもらいたい。

【バー手元】

週1日だけバーでアルバイトをしています。

グラスを洗っています。

氷を切ったり、台ふきをしたり。

数時間と短いですが。

とてもとても、とってもその場に感謝しています。

その場に限る話ではありませんが、たぶんそういう僕が様々な方面のかたたちよりいただいた気持ちの集合体を、読み手の心の奥にしっかりと届く言葉・文書で表現することが僕の宿願なんだと思います。

それが、僕のやりたいことです。

カタチにこだわりはないつもりですが、正直に言うと「文」でそれをやりたい。やる。

【底知らぬ悪】

僕は人間の「悪」に対するセンサーが強いように思います。相手に「悪」を見る。その人の中にある「悪」を見つけようとする。

自分に無いものは相手には見いだせないという、理屈に従うと、つまり僕の中に「悪」があるのです。

そして、僕は、「それは俺も分かってるよ」と自分に言い、分かってるというポーズで、自分を守ってきました。気をつけているつもりでした。

そういうガードの構えが、僕が他者とつながるうえで・話すうえで、「コミュニケーションの拒絶」と相手にとらえられている、という俯瞰的な認識を、僕に与えてくれる人がいます。そんなことを言う人は(言ってくれる人は)滅多にいません。たぶん初めて出会った。そういう人への深い感謝を僕は持っているつもりです。でも、それもまたポーズへと化している自分がいます。

これは、自分で自分に驚きます。悲観したり、治そうとしたり、頷いたり、うなだれたり、色んな感情やジェスチャーが湧きます。

しかし、これはもうどうしようもないと、ひどく冷静です。何重かによじれた人格というか、それが僕という「人(にん)」なんだと、逆に、嬉しく思います。らっきょのような自分を。

なぜなら、根底的な「悪」を持ち得ているからです。

変えられるところを変える勇気はこれからも持ち続けます。変えられるところはきっともっと良くなります。素直な人間になれますし、そんな自分に僕は馴れると思います。意識的に。

ただ、自分の力では変えられないところはあります。それが分かった(これもまたつもり)

この「悪」が、僕の宝物です。

幸せになるかどうかを越えた。

野暮ったいけれども

もう僕は
「笑い」を取りに行かない
冗談も言わない

君のジョークは疲れるぜ

(そうだったんだ)

相手に言葉がどんなふうに届いているか考えろ

(ふむ)

イライラする

(ふむ)

孤立がその結果だ

(そうだ)

だから誠実なところだけで行けよ

(それでいいんだ)

そういう道を
見せてくれた
人を
深いところで
そこなってしまった

もう戻れない

それが僕という人間だと
無理に言い聞かせずとも
らっきょの皮は終わりを見せる


〜〜〜

読んでくれたらありがとうございます。
不親切な言葉に付き合ってくれて。

あなたに、僕の言葉がどのように届くのか、それだけを考えます。

また!!