品貧生活研究所

目標︰2023年3月末、街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

問題をあずける

どうも。

(暖かい日が続きますね)

【2018年2月】

1年前、無職になった直後に、僕の話を聴いてくれた方がいました。コメダ珈琲池袋店で、8時間ほど。自分でも、うんざりするほどに堂々巡りを繰り返す僕の話を、その方はただただ、聴いてくれました。 

「人はみな、病んでいる」との人間認識を示すその人に甘え、何でもかんでも、僕は話続けました。それにより、当時の僕は救われました。ただ、べらべらと話しながらも、何か自分が「あやまち」に加担しているような錯覚を覚えました。

珈琲代を各自精算で済ませ、日の落ちた池袋駅の別れ際、互いの、「またね」の言葉は月に吸い込まれました。「またね」の時は実現されないだろうと、どちらも分かっていました。

今なら、分かります。

「一方的な言葉の動きは暴力である」と。

(今、ここ、もそうですか?)

「懲りずに自分はまた、他者に酷いことをし、相手をそこなった。相手をそこなうことで、自分もまた擦り減る。ただ悪気のないことだけは、頭の隅に置いておいてほしい」

【2019年2月】

昨晩、恵比寿のバーで僕の話を聴いてくれた人と、人がいました。べらべらと何でもかんでも話をしました。好きな映画、演劇、音楽、本の話、料理の話、金の話、性の話、今までの話、これからの話。そして、自分の家族の話、病理の話。内容は1年前と変わりありません。時間は時計が一周。それにより、1年前と同様僕は救われました。1年前と違う点は、べらべらと話しながらも、今、ここの僕は「間違ってはいない」という手応えです。そして、互いの「また」という言葉に、嘘がないと信じることができました。

遅くとも、着実に自分は「発達」している。

「対話」の兆しを感じました。

【言葉にあずける】

今、ここで、僕は自分の「もやもや」を言葉に、あずけています。言葉にすることで、何もかも捨てようとしています。しかし、なかなか、捨て去ることができない問題があります。そして、もう、捨て去ること、または解決することを止め、向き合うことにしました。言葉を信じ、しかし、疑いながらも、言葉に「僕」を「あずかってもらおう」と思います。

【AC研究部発足】

ぽ、ぽ、ぽ、ぽーん!

僕はAC。アダルトチルドレンです。

もちろんそれだけではないですが。

自分の生きづらさを「病理」にあずけます。

「言葉」にあずけます。

それだけが方法ではないですが。

いったんであっても。

デパ地下のコインロッカーに荷物を預けるように、気楽に、無料だから。取り敢えず、押し込んで、(忘れたっていい)身軽にして、出掛けます。

【対話の重要性。同期的コミニュケーションを取り戻すために、スマホとパソコンはコインロッカーに預けろ!!】

人に会うこと、言葉をかけ・かけ合うこと、話し・聴くこと、世界に「対する」勇気を昨晩はいただき、僕は嬉しかったんです。生きる勇気は(哀しいかな)退蔵できませんから、僕は明日も出掛けて、勇気をチャージして生きます。

またまた。