品貧生活研究所

目標︰2023年3月末、街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

ナリワイ起こし〜放課後〜

こんばんは。

どうですか?

こちらは、大丈夫です。 

【進さん】

さっき、汐入駅前のメルキュールホテルあたりで、小泉進次郎さんとすれ違いました。「こんにちは」と僕が声をかけると、「こんにちは」と言ってくれました。そして、「どうも」と付け加えてくれました。この「どうも」をプラスするあたりが、じきじきじき総理と言われる由縁なのかなと。「どうも」見習おうと思います。

ステージ上の進次郎さんは何度か拝見したことがあります。お祭りの時や、ヨコス会議などで。彼のスピーチの間のとり方は、素晴らしいです。三浦半島で1番の太鼓判を押しましょう。

しかし、特筆すべき美点は別のところにあります。

彼は僕と同じくらい、足が短い。これです。お姿拝見するたびに愛着が湧きますね。自民党を支持するかは別の話で。進次郎さん、共に短足を生きましょう。

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野菜は、カトリケさんのものです↓
http://katorikenonouen.blogspot.com/?m=1

【ナリワイ起こし放課後】

今日は、先日まで参加していたナリワイ起こしラボのみんなが横須賀まで来てくれました。自分のナリワイを見つける、ナリワイを作るワークショップです。このワークショップに参加して、僕は「一歩踏み出す勇気」を貰いました。

そこで出会った仲間が来てくれました。お金を介した「無縁」な集まりが、お金を介さない「有縁」な関係に移行したこと、人との関係が続いていることに、驚きを覚えます。なぜから、今までの僕は、常に人との関係を断ち続ける、「無縁」な人生を、人とのかかわり方をしていたので。

↓ナリワイづくりラボとして、第2回を開催するようです。ご興味があれば、是非。横須賀の我が家も会場として使っていただきます。

https://m.facebook.com/events/270515867159602/

【防大生】

横須賀に住んでいると、外国人のみなさんと同じ空気を吸うのが日常になります。僕は一度しか外国に行ったことがないので、特に、そういう日々が今でも新鮮です(横須賀汐入に来て1年以上経ちましたが)。

外国人のみなさんと同じくらいに目にするのが、防衛大学校の学生さんです。制服を来て、帽子をかむった学生さんと土日は当たり前にすれ違います。つい、先月あてどなく横須賀をドライブしていたら、防衛大学校に辿り着きました。山の上の坂の上。自分の谷戸の家と同じくらいの、高度にあることに親近感が湧きました。「そうか、皆ここから、来てるんだ」。

【あたりまえの話】

みんなが来てくれた後に、夜、1人で焼き鳥屋に行きました。1人でビールなんか呑んじゃたりして。カッコつけて。米が浜通のその店は、ご主人が自衛隊OBの方で、防衛大学校の学生さんごようたしです。今夜も二人組の、先輩と後輩の防衛大学校のお客さんがいました。スマホをいじるより、彼らの会話に耳をすませます。後輩が話し、先輩は聞き役です。後輩の一言に、ハッとしました。

「防衛大のやつは、皆家庭に事情を抱えている」

そうなんだよ。

皆、それぞれ、事情を抱えて生きているんだよな。

それぞれの家庭で育ち、それぞれ個別の悩みを持ってるんだよな。防大生に限らず、関東学院生だって、職業訓練校生だって、無職だって、ステージでスポットライトを浴びてる人だって。自分だけが、悩みを抱えて生きていると思うなよと、自分に、問います。それを、今日、来てくれたみんなが、教えてくれました。僕のために、自分の悩みを見せてくれました。また、問題を抱えてでも生きろと。ラグビーみたいに、抱えて走れ、と。

みんな大変なんだから、お前も我慢しろということではなく、個々に問題を抱えているからこそ、我々はつながることができるという、希望です。

そして、前を向けと。

【個別の話】

僕は、あまりにも過去にとらわれています。また、「こうである自分」の原因追求に犯人探しに、己の活路を見ています。具体的には、家族との関係と、自分の病理にです。

今日、みんなが僕の話を聴いてくれていて、自分の耳でも自分の声を聞きました。「なぁ、もう、聞き飽きたなお前(僕)の話」。飽きた、人のせいする人生に。自分を受け入れない人生に。

【一周して】

ここ1年、人とつながることで、生きる勇気を貰いました。横須賀の汐入のみなさん。千葉のみなさん。ありがとう。ゴッドブレスユー。

結論、一周して、限りなく「個」として生きてみたいと思いました。中島みゆきが言うように、オールは俺が握る。今年は限りなく、自分本意に過ごしたい、ココロおもむくママに。そのために、「身体」を使う。頭で考えるのは、止められないが、身体がなきゃ。そうした先に、世界や他者との、何よりも己との和解の光を見ます。

どうも。

またまた。