品貧生活研究所

目標︰街中に古本屋開業。小ナリワイ実戦研究中。汐入連合体育振興会副会長。横須賀市(神奈川県)⇔旭市(千葉県)の二拠点生活中。

「私」にとって仕事とは

「私」にとって、良い面と悪い面があります。

【悪い面】

相性が悪いと傷つくことです。

もちろん、誰しも、どんな仕事にもダメージは付きものです。

問題は、ダメージと回復のバランスです。ダメージよりも回復が上回れば、OK。

受けたダメージに、回復が追いつかなかったら、NO。いつも、スマホの充電が数パーセントみたいな状況です(スマホって、電池残り1%でも、触らなければ、なかなか落ちないんですね、今日知りました)。やはり、充電が十分でないと落ち着きません。

【大きな傷と小さな傷】

人から聞いた、車の例え話です。

大きな事故にあうと、動けなくなります。見た目にも、分かりやすく、パーツの交換が必要です。見てみぬふりはできません。

小さなこすり傷は、誤魔化せます。見て見ぬふりもできますし、自力で表面的には(ホームセンターにあるグッズで)治せます。だから、多少、小さい傷は繰り返されても、動き続けることができます。

この二つ、たちの悪いのが後者で、小さな傷を受け続けると、それに慣れ、麻痺し、根本的なところで、車を、運転手を損なう恐れがある

という話です。

簡単に言えば、慢性疲労は侮れないということですが。

先日生まれて初めて車を手にした初日に、2度こすった僕には、とても身に沁み入る話で、好きな例えです。(しかし、傷つくことを恐れては、人生の運転技術も上がらないと)

【提案】

新たな仕事についたとき、今の仕事でも、幸か不幸か相性が悪いなと感じたり、ダメージばっかで、全然回復しねぇぜと感じたら、辞めたらよろしい。小さな傷は本人の予想以上に、あなた自身を蝕んでいるからです。

【理由】

僕のパパは市役所の公務員で、40年間勤め上げています(エヘン)。親戚のおじさんもみんな、初めて就いた仕事を全うしています。世代の違い、景気の違い、地域性もありますが、僕の内には「男たるもの一度決めたことは簡単に曲げるな」的な、「石の上にも〜」的な、価値観が根を張っていました。だから、なかなか音を挙げられなかったという経験と、後遺症(とらえどころのない)があるからです。だから、辛かったら、仕事は辞めても良いよと言いたいと言うか、そういう選択もありよりのありであるよと伝えたいです。頭の片隅に置いていい?

【基準】

でも、自分がまだやれるか、もう駄目かの、ラインは引きにくいと思います。僕の思う、線引きですが、

⇒身体に変調をきたしたら

〜〜〜

じゃあおめぇが言うように、嫌な仕事辞めたよ、これからどうすんの?
責任とってくれんのかよ?

となりますと・・・

〜〜〜

【代案】現在準備中

〜〜〜

「わいのライフスタイルを見倣いな!ハッピーな服(法被)着せたるぜ!」と、胸を張って言える日が来ることを願って(そんな傲慢な…)、実践的実験にチキらずに、明日も朝、起きます。

(了)

追記:
【良い面】人とつながれる