品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

ナリワイ起こし 仕舞い編

ナリワイを起こす勉強会に半年参加して(計5回参加)

f:id:fuchiwakitsutomu:20181128232348j:plain←最終日に提出した資料より

辿り着いた結論は、スタート時と同じで「不可」であった。今すぐにナリワイどうこうとは、ならなかった。

ヘーゲルの小論理学を、昔読んだことがある。世界は、例えばAという物事を一度経た世界と、経る前との世界では、一見立ち位置は、見える姿は同じなのだが、まるでその内情が違うのだということを習った。

いわゆる、一周回ってなんとやらで、この半年ずいぶんと自分自身の悪性や過去をあぶり出すようなワークをナリワイ起こしラボでは受けてきた。自分の井戸を掘るような作業であった。僕自身を含め、手に豆ができて、血を流すメンバーもいたし、自分自身のデリケートな部分が剥き出しになることで神経が敏感になり、そのせいか、おかげか人生や生活が、ムーブしたメンバーもいたように見受けられた。

変化だけを評価したり、讃えたりするだけが価値ではないと思う。とどまることもまた、一つのリスクであり、称賛であるべきだと信じたい。

そう。この半年で一周して、同じ位置に立っている。問題は何一つ解決を見せず、歳は僕の進歩度合いとは関係なく一つ増えた。ただ、解決はしていないが、解決の糸はたくさんの方から貰った。だから、その糸を紡ぐことが僕にはできる。死んでいった彼の痕跡は、彼の席は、もうない。が、彼からも糸を貰った。「恩」を貰った。

ここにとどまること。
根を張ること。
それを望んでいる自分に気づき、策は打った。策というより「柵」なのだが。

そして、つまるところ、行き着くの矛先は、「仕事」である。