品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

10月20日「生業を作ろうの会」感慨

採算は考えず、しかし少なくはない資本を投下しての試みは、はじめてのことでした。
不安が付きまとい、終わると安堵して、やって良かったと思う、またやりたい。人が、「一歩踏み出す」ことの定型の感想しか抱かないが、来てくださった方、エールを送ってくださる方に対してやはりまた定型通り、「有り難い」、「感謝」の念が溢れる。

定型の心の動きに驚く自分に、驚く。

【金と移動と時間と】

二桁の方たちが店に来てくれた。特に昼タイムは1人だけかな?と思っていたら7人も来ていただけて、勝手にサプライズに引っかかった気分であった。嬉しいと口数が減る傾向、クセのある私は、嬉しくて、だんまりを決め込んでいた。

何が嬉しいのか?

命をくれるからだ。

時間=命
金=時間=命
移動=金+時間=命命


タイムイズマネー的な話か〜、とは受け取って欲しくないが、遠方から来ていただいた方がほとんどで(栃木、長野、埼玉、千葉)、「あー、今からあんなに遠くに帰るんだな」と思うと、「ありがとう」では、言葉が足りない。「負い」を感じる。いただくお代に交通費は含まれていない。

【負い】
要するに、相手が差し出す、金と時間という、命のかけらに見合うだけのそれをこちらが提供できるか?ということだ。

今まではその「負い」に頭を悩ませてきた。等価交換の貨幣経済(「負い」の都度清算)のむこうを張る、贈与経済に、関心を持ち、贈与に附随する「負い」をポジティブに貯金しようと意気込み、試し、自分の胃袋のキャパを越え、消化不良を起こしていた。

「負う」こと・貰ってばかりで、はたして自分はどれだけ「返礼」しているのだろうか?答えは、数値化不能だからこそ、苦しもうと思えば苦しく、数値化不能だから、楽にもなれる。

しかし、今回は楽だった。

「負い」に対し、少しは返せたのではないかという、手応えと、それを裏付ける、有り難い言葉をいくつももらったからだ。

特に自分が空気や雰囲気を、読むチカラが低いからか、「言葉」に親和性の強い傾向からか、皆様にいただいたあたたかい「言葉」が、自分に滲み入り。勇気になる。

【まとめ】

人が人に会いに行くとは、なんと、人を勇気づけることだろう。店主たちが、「店」を続ける理由(辞める理由)を少し、カウンターから覗けた気がした。