品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

バー

30歳を越えて出来るようになったことが一つだけあって、一人で飲み屋に行けるようなったことである。
横須賀に来てから。赤提灯の店とか、暖簾をくぐる時はいつもドキドキするけど。

なんならバーにも行っちゃえる、オレ。
1杯飲むと顔が真っ赤になる、お酒に弱い体質(九州男児)にもかかわらず。

東京のバーはチャージ代を取るから、1杯飲んでも2,000円弱かかるらしいそうな。
でも、横須賀だとチャージ代取らない所がほとんどみたいで、1杯なら1,000円かからないくらいで飲める。
東京の半額。

でも、言うても、1,000円だから。
イオンでチューハイ10本買える。
神奈川県の最低時給は現在956円だから、少しいい銘柄だと時給分でぎりぎり1杯すら飲めない。

だから僕にとってバーって、

THE・「贅」って感じ。

でも値段だけあって、どこも、「バー」ってだけで雰囲気が「キリッ」としてて、「アンニューイ」みたいな、
僕なんてどっぷり憂鬱を全身に纏い、バーでタタズム男なんて演じちゃったりなんかして、要は一人でかっこつけて楽しんでいる。

1,000円分を全力で元を取ろうとしている

貧乏性。

でもでも、そんな僕が1杯でチビチビねばっていると、隣のダンディーな紳士や、妙齢のアベック、米アーミーたちはパカパカとおかわりしてるんです。
平気で4杯、5杯とか。
すげえ。4,5千円すんべ、そんなに飲んだら。

パカパカと。

基本みんな楽しそう。
でも、飲まずにはいられない!って感じで飲んでる人たちもいて、それがちょっと哀しい感じで。
やけぱちで金を使ってる。
そういう大人たちの姿が僕は好きで。
みんな形は違えど、哀しい。


それって、僕には「癒し」。

哀しみの共有場所。
みんなで慰めあっている。
だから、僕も彼らも定期的にバーという「場ー」に来るんじゃないだろうか。

チェーンの居酒屋だと照れること、人間が人間を、人生を語るに堪えうる「場の力」がバーにはある。

もちろん、居酒屋で本音を言い合っている人たちも素敵だし、顔を真っ赤にして、でかい声で言葉を投げかけあっている光景は、むしろそれはそれで好きだ。

でも、みんなの中で、大きな声で話すのが苦手な人だっている。そんな人も、バーでは素直になることができる。いつもよりも少し大きな声で。

感動だってできるし、涙も流れる。

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「酒の力を借りて、何が悪い?

アル中?何が悪い?おまえ(オレ)に、

何がわかる。

おまえ(オレ)に、自分の手であとに引けなくなるまでに自分自身を、崖の淵まで、もっていけるか?」


『戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に落ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。』

引用:坂口安吾『堕落論』より。『何かのためではない、特別なこと』p40 平川克美 平凡社2016より孫引き引用。

 

救いはあるかと問われた時に、四方八方より、希望のかけらをかき集め、「これが僕の・・・です」と答える弱者。

 

救いはあるかと問われた時に、「酒だ」と即答し、震える手で、なみなみとグラスを埋めるその人のつよい弱さ。

憧憬と憐れみが同居した心で僕はその人の側に立つ。

たとえ救えなくとも、横にいよう。 

 

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↑行きつけの(言うても週一)バーの店主からいただいた。