品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

青年会

祭りは終わった

 

9月の頭に横須賀汐入谷戸に越してきて、300日ほど経った。

人とよく会い、よく聴き、よく喋った。

その過程で得た、

今、ここ、自分の「居場所」について考察する。

有料・無料あるが、今回の居場所は無料(ほぼ)。

 

青年会とはなんですか?

 

→myアンサー

A:青年会とは、ドラマツルギーの場である。

 

*以下10年前のヤフー知恵袋より引用

ドラマツルギーってどういう意味ですか?

ra_********さん
2008/9/2412:49:44

 

1980年代にE・ゴフマンが唱え、そこでの「ドラマツルギー」とは
一種のロールプレイング(役割演技・印象操作)を営むことによって、
社会と個人の関係が成り立つという分析手法です。
その相互行為が,たがいに相手に対して印象操作をしあっている過程であり、
人々がたがいに演技をしあっている過程として捉えるというものです。

 

o18********さん
2008/9/2600:25:26

以上

 

実家にいた、幼少期、どうやら子ども会に入ってて、よくわからんけど、なんやかんやの理由で近所の同級生らと集まり、公民館に行き、その都度お菓子をもらって、しゃんしゃん、みたいな記憶があり、その公民館のことを僕は「町内会」だと思っていた。ラジオ体操とか、日の用心とか、ラムネの早飲み競争とか、なんかだか、夏と駄菓子の記憶。

 

小さいころは、自分の意志ではなかったが、町に僕は含まれていた。

親の庇護の元。

 

20歳のころ、東京に越して来て、好んで都市に住んだからか、隣の人の名前も顔も知らないなんて当たり前。もちろん、回覧板なんてまわってこない。僕の生活には「町内」も「地域」も入り込んでは来ない。僕は東京という都市「機構」には含まれていたが、僕が日々、寝て・食べ・排泄する生活の場である町には含まれていなかった。

 

当時はそんなふうには思わなった。

なぜなら、今、僕は町に含まれているから、過去、僕は含まれていなかった、ということがわかる。

 

自分の意志でこの町に来たわけではない。

文字通り、

屋・無・負・え・ず。

偶然である。

別にどこでもよかった。

 

しかし、この場所と、ここの人たちは、止むを得ずの私を受け入れてくれた。少しの好奇と、大きなあたたかさでもって。

地方都市の中にある限界集落としての谷戸、横須賀の人種的な歴史、巨大ショッピングセンターと隣接する商店街の現状、日本の人口減少と人口流出率など、「因」を探そうと思ったら、ぽいことは言えるが、端的に「人」がいいんだと思う。この町の。

 

もしくは、海が近いから。

 

あとは、5あるうちの、間の3ってのがいいのかな、縁起的に。

 

三角形は建築構造的に最強だし。

 

まぁ、とば口は青年会である。

 

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↑祭りは、一言でいえば、肩の痛みであった