品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

使えない男。

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「そうか、西園寺、お前もけっこう大変だな。オレは金は無いが、時間ならある。話だったらいつでも聞いてやるし、酒が飲みたければ、いつでもつきあってやるぞ」

『稼がない男。』西園寺マキエ(同文舘出版)p41より引用

 

金、金、金。

金の話が大好きだ。

 

街で、一円が落ちていたら、引き返してでも、

周りの目を気にしつつだが、拾う。

一時間働くとその1000倍の1000円貰える。

でもあんまりには、働きたくない。

働きたくはないが、1杯1000円のスパークリングワインが飲みたいし、飲むと美味しい。ハッピー。

 

そんなに働きたくなければ、金のかかるハッピーから、

金のかからないハッピーへシフトすべきである。

わかっちゃあいますよ。

 

が、

金を必要とする享楽にどっぷりと漬かっている。

金は湯水のように溶けていく。

そういうもんだ。

 

散財や無駄遣いや放蕩には、金への恨みが見て取れる。

一方で、「私や俺は、お前(金)なんか怖くねえぞ、お前がいなくたっておらあ平気だ」という負けん気を感じる。

そういうのって良いよなと僕は思う。

単なる自己弁護かもしれないけど。

 

そこでは、貧乏と裕福が仲良くなれる。

両者ともに金をポジティブに毛ぎらってる点で。

「・・・(おお!お金持ちのあなたも金をそんなにぶっきらぼうに使うたあ、つまりは、〈金じゃねえんだよ、人生はよう〉というお考えをお持ちなのですね。わたくしと同じではありませんかえ、旦那)」

 

人も金も哀しみをそれぞれの、うちに持っている。

だから、相性が良いのでしょう。

 

金を使うと、特に浪費すると、その哀しみが解消されて、「スッ」とする。

 

今後は哀しみとのお付き合いを考えさせていただきます。

 

だから僕は金の話が好きなのだろ。