汐入谷戸品貧(ヒンヒン)生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

『《鼎談》平川克美、松村圭一郎、三島邦弘「楕円から考える お金と社会と教育の話」』in紀伊國屋書店新宿

ビートルズよりもストーンズ
ヒロトよりもマーシー
ピカソよりもブラック

英文よりも国文
内田よりも平川
太宰よりも三島

僕のアイドルは國分功一郎で、

私淑しているのは平川克美で、
好きな出版社はミシマ社です。

 

新刊『21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学』平川克美

2018年 ミシマ社の刊行を記念した鼎談だった。

 

 *鼎談(ていだん)・・・(*鼎〔かなえ〕の脚は三本であることから)三人が向かい合って話をすること。
*鼎・・・食物を煮るのに用いる金属製または土製の容器。普通は三脚。
以上、広辞苑第「七」版より!

 

上記の本、頁(ページ)、頁、付箋を300箇所に貼って、もはや付箋の意味をなさない。

まるで僕自身の来し方行く末が毎頁に書いてあるようで、あまりにも「答え」らしく、

怖くなり、ためらいを感じ、途中で何度も読む手を止めた。

自分のことは自分で考えたいんだ、というある種の防衛本能が働いたのだろうか。

しかし、この本の持つ強い吸引力(ダイソンの掃除機くらい)の前には抗えなかった。

 

今、僕はかなり平川の思想の影響を受けている。

彼の本は上記以外にも複数読んでいた。

 

平川の文章には品がある。文学がある。

そして何よりも、「物書き」としての矜恃とためらいと逡巡があり、陶酔感もある、

それがよい。

 

僕は平川の文章が好きだ。

 

人は全員死刑宣告を受けた流浪の民であるから言えるが、

平川はおそらく近いうちに死ぬ。それは僕には惜しい。

端的に「もったいない」。だから、

 

彼に会いに行って、「呼びかけ」てみようと思う。

 

彼には応答の義務があるのだから、勇気なんていらないし、何も案ずることはない。

 

人が人に「会いに行く」のに勇気なんていらない。
だって「会いに来てくれる」って、僕は贈与だと思うから。

 

傲慢だろうか?

 

↓いつか平川克美論を内包する「贈与」について、誰かに差し出せるモノを僕は作りたい

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