品貧生活研究所

神奈川県横須賀市汐入町の谷戸(自動車の入れない階段を200段登る)における、「品」と「貧」の共存を目指す生活を研究し、その成果を報告する在野機関。研究所にカフェの併設を目論む。

『思いつき無職生活 職なしガールの残念だけど悪くない日々』いけだいけみ 

以下の引用は4コマ漫画より。

コマ外は5コマ目のような役割で、次の4コマ漫画へのつなぎの意味もある。

 

主人公は友だちに語っている。

p114 やっとわかった① 主人公の台詞より

1コマ目

「私さあ目的もなくなんとなく仕事辞めたけど」「やっと自分がどうしたいかわかったよ」

3コマ目

「私」「働きたくない」

コマ外

「だからね とりあえず」
「残業の少なそうな会社を探そうと思う」

p115 やっとわかった② 主人公の台詞より

1コマ目

「日々ダラダラしてたら」
「私本当にこのままでいいんだろうか もっとやることがあるんじゃないのかと思って 焦りが生まれてくるんだけど」

2コマ目

「でもね」
「日々健康で寝て食べて漫画読んでネットできるってすごく幸せなことだと思うの」

3コマ目

「意義とか目的とか難しく考えるからよくわからなくなってくるんだけど」
「ただダラダラしたい これも一つの目的だと思わない?」

4コマ目

「自分でもよくわからない」

コマ外

「でも結局ダラダラするためには」
「働かないといけないんだよね・・・」

 

何かをするというのは、何かを求めているからだ。

何かを求めずには満足できない、幸せを感じることができないということだ。

だから、何も求めない人、何もしない人、何もしなくても平気な人が幸せなのだ。

どうすれば何もしなくても平気になれるのかは、よくわからない。

 

主人公は無職期間8ヶ月を経て就職する

 

p137 脱無職 主人公の台詞より

4コマ目

「だから今度無職になることがあれば お金のある無職になりたい」

 

無職であることは金で買うことができる至福の時だろうか。

不思議なもので、無職になり50日経つが「開放感」のようなものはつゆとも感じない。
「3億円当たったら仕事を辞めるか?続けるか?」論争に似た、仕事と金と暇に思いを馳せる至福の日々よ、今日も一日サヨウナラ、ってさ。


以前、1年間自発的無職生活を送ったアラサー女性とお話したことがある。

「なんとかなるよ」という言葉に勇気をもらった。ケーセラーセラ。f:id:fuchiwakitsutomu:20180322140616j:plain